大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岐阜地方裁判所 昭和59年(行ウ)1号 判決

原告 大橋山治

〈ほか三名〉

右原告四名訴訟代理人弁護士 在間正史

同 水谷博昭

同 平野博史

被告 高須輪中水防事務組合

右代表者管理者 伊藤光好

右訴訟代理人弁護士 土川修三

同 大塩量明

同 南谷幸久

同 南谷信子

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は原告らに対し金一七万七二九六円及びこれに対する昭和五九年二月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

主文同旨

第二当事者双方の主張

一  請求原因

1  原告らはそれぞれ肩書地に住所を有する者で、いずれも岐阜県海津郡海津町又は同郡平田町の住民である。

2(一)  原告らは、昭和五四年、地方自治法二四二条の二第一項四号の規定に基づき被告高須輪中水防事務組合に代位して、本訴原告らを原告、本訴被告管理者の訴外伊藤光好を被告とする損害賠償請求訴訟の提起を本訴原告ら訴訟代理人である弁護士在間正史、同水谷博昭、同平野博史に委任した。

(二) 同弁護士らは昭和五四年一〇月二九日原告らの訴訟代理人として訴外伊藤光好を被告とする別紙第一記載の訴訟を岐阜地方裁判所に提起し(同裁判所昭和五四年(行ウ)第九号地方自治法第二四二条に基づく損害賠償請求事件)、その追行に当たったところ、同裁判所は昭和五八年一一月一四日、別紙第三記載のとおり、原告らの請求を一部認容する判決を言渡した。

3(一)  さらに原告らは、昭和五五年、地方自治法の前記規定に基づき被告組合を代位して、当事者を右と同じくする損害賠償請求訴訟の追加提起を右弁護士在間正史に委任した。

(二) 弁護士在間正史は昭和五五年一〇月二八日原告らの訴訟代理人として訴外伊藤光好を被告とする別紙第二記載の訴訟を岐阜地方裁判所に提起し(同裁判所昭和五五年(行ウ)第三四号地方自治法二四二条に基づく損害賠償請求事件)、その追行に当たったところ、同裁判所は昭和五八年一一月一四日、別紙第四記載のとおり、原告らの請求を全部認容する判決を言渡した。

4  原告らが右各訴訟提起・追行の報酬として右三名の弁護士に対して支払うべき額は、日本弁護士連合会報酬等基準(昭和五〇年四月一日施行)により合計金一七万七二九六円とするのが相当である。

5  そこで、原告らは地方自治法二四二条の二第七項の規定に依拠して被告に対し、右相当報酬額とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五九年二月二二日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1項は認める。

2  同2項は認める。

3  同3項は認める。

4  同4項は争う。

三  被告の主張

地方自治法二四二条の二第七項にいう「勝訴」とは、勝訴判決の確定を意味するところ、原告主張の各判決には訴外伊藤光好がこれを不服として控訴し、現在名古屋高等裁判所に係属審理中であって、右各判決はいずれも確定していないから、原告らの本訴請求は理由がない。

四  被告の主張に対する原告の反論

本条にいう住民訴訟制度は、住民の個人的利益を追求するために設けられたものでなく、地方財務上の違法行為を防止・是正し、もって住民全般の公共の利益を確保するために認められたものであるところ、本規定は、住民訴訟制度が設けられた右趣旨に鑑み、一定の場合においてはその訴訟において要した弁護士費用(以下単に費用という)を当該地方公共団体に負担させるのが衡平に合致するとして、定められたものである。ところで、右にいう一定の場合とは、これを審級毎に勝訴判決が下された場合をいうと解すべきであるが、その理由は次に述べるとおりである。

1  代位請求訴訟の形態をとる限り如何なる場合も当該地方公共団体がその費用を負担するということになれば、却てそれが公金の不当支出になる場合も起りかねず、また濫訴等の弊害を助長することにもなって、前記衡平の観念と相容れないことは言うまでもない。さりとて、勝訴判決の確定という結果によってのみ事後的に住民の訴訟提起・追行行為を価値評価することも、訴訟の動態的性格を無視するものであって採り得ない。審級毎に裁判の前提となる主張・証拠等の資料は殆んどの場合において異なり、しかもそれが当該地方公共団体の訴訟活動の有様によって左右されるものであることを考えると、この後者の考えは、上訴審において勝訴判決が破棄されたような場合に唯その一事をもって原審における費用を住民に負担させることを容認するものであるから、住民の訴訟提起・追行行為を正当に評価しない余りにも結果無価値に偏したもの、との批判を免れない。審級毎に一つの公権的判断が下される以上、そこでは住民の訴訟提起・追行行為に対しても有意的な評価が為されたものと考えるべきである。

2  住民訴訟制度が地方財務上の違法行為の防止・是正を地方公共団体内部の自主的解決によって期待し得ないときに住民の監視権能の最後の砦として設けられたものであることからすると、費用負担につき勝訴判決の確定を要件とする結果無価値に偏した考え方によるときは、右監視権能を抑制することにもなりかねず、民主的な自治体運営は望めない。

3  訴訟制度が審級代理を原則とし(民訴法八一条二項)、審級毎に一つのまとまりのある事件として取り扱われている(昭和五〇年四月一日施行の日弁連報酬等基準規程三条一項参照)ことも、既述の原告の主張と適合するものである。

4  なお、本規定はいわゆる代位請求訴訟に限定的に適用されると定められてはいるものの、本来的に全ての住民訴訟に共通のものとして論ぜられるべきは既に述べた同訴訟の目的・趣旨からして当然のことである。右の限定適用は、代位請求訴訟が地方公共団体の財務により直接的に関係を有し、且つその請求の有様からして費用の額を計数的に算出しやすいといった技術的便宜もあってそのように定められると解され、このことが勝訴判決の確定を要件とする解釈に必然的に結びつくものではない。

理由

一  請求原因1ないし3項の各事実は、当事者間に争いがない。

二  ところで、地方自治法二四二条の二第七項が、同条第一項四号のいわゆる代位請求訴訟の場合に限って、勝訴した原告住民に普通地方公共団体に対する弁護士報酬支払請求権を認めたのは、右代位請求訴訟においては、原告住民が普通地方公共団体に代って訴訟を提起するものであるうえ、原告住民が右訴訟において勝訴したときは原告住民の費用負担のもとで普通地方公共団体が勝訴判決の利益を受けることとなるので、右の場合には原告住民が支出した弁護士報酬額のうち相当と認められる額を普通地方公共団体から原告住民に支払わせることとすることが衡平の理念に合致することを理由とするものと解せられる。そうすると、勝訴判決の確定によって右判決による利益が右普通地方公共団体の上に現実化したときに原告ら住民の右規定による弁護士報酬支払請求権がはじめて発生すると解すべきものであるから、同条第七項にいう「勝訴」とは勝訴判決の確定を意味するというべきである。右と見解を異にする原告らの主張はひっきょう独自の見解であって採用するを得ない。

そして、原告らの主張の各判決は、敗訴した訴外伊藤光好においてこれを不服として名古屋高等裁判所に控訴したため、いずれもいまだ確定していないことは当裁判所に顕著であるから、原告ら主張の弁護士報酬支払請求権はいまだ発生していないものといわざるを得ない。

三  以上の次第で、原告ら本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当たるを免れないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邊剛男)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例